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題字 李鴻儒

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太極とは 未だ天地分れざる前、元気、混じて一と為るをいう。

太極拳教室 TAICHI-LESSON

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中央式太極拳では、太極拳と気功養生法を中心に形意拳や八卦掌も弊習します。

一人ひとりの個性・体質を重視する伝統的な教授法に、現代のライフスタイルに合わせた太極拳健康法を学んでみませんか


英語

The Central style Tai Chi method at NAMBA crass room.The tai chi chuan & Qigong descended from GrandMaster Wang Shu Jin.

2015年8月13日木曜日

太極拳は三位一体の話

体と心と魂の駆け引きです。
まぁ、太極拳に限った話ではありませんが。


人間は今「現在」を生きます。そして現在は一瞬の内に過去になり、
生きる予定にある「未来」に至ります。


動物はこのような観念がありません。
そこが人と動物の違いであるといえますが、別に人間様がエライということはなく、
時間を知ったことで「経年劣化」をはじめとした盛者必衰・諸行無常の真っただ中で生きねばなりません。



今現在を生き、未来へ向かうその判断材料は「過去」ですが、心にあるのは現世の記憶だけです。

明日を考えるのは心です。
ところが体は今現在、この瞬間だけを考えます。

そして、魂だけが遙か遠い遠い過去と、そして(終末を含めた)未来をも視野に入れています。
でも、見えているものを教えてくれません。


まとめると、
心は現世の過去と明日。
魂は前世の過去(遥か遠い遠い過去)と未来。
体は今現在。

さて、「聖書」「仏教聖典」、そして「イスラム」でも愛を多く経験すれば
この世への輪廻は無くなるとあります。
仏教的にいえば「渇愛」の気付きですかね。
我が欲するところを知るというか、欲するためにわざわざ不足を生じさせる自我こそが云々・・・というやつで。

※ここでいう「愛」とは「LOVE」ではありません



体、つまり肉体は楽になること以外考えません。
それは今現在を考えて判断するからです。


美味いものを食すると体は喜びますが、将来、肥満や糖尿病になることなど考えなどしません。
異性と愉しいことをすると体は喜びますが、良くて「出来婚」。下手すりゃ不倫で破滅します。
まぁ、けっこうな業を背負ってしまいます。

「太極拳って思ったよりしんどい」なんて云う言葉はここから出てきます(笑)。

体は楽をしては長生きするようにできていないので、心が抑制するのです。
太極拳は体をいじめます。「もうこの動き方でいいぢゃん」と面倒くさくて投げ出す
体をいじめて教え込むのです。


体は愛を多く経験するためにあるので 楽をすると本来の機能を発揮しません。
しかし、体の機能(仕組み)はそんなことは意に解しません。 

「健康のために!」などと心は解かっているのですが、実体が無いので体に負けます。

多くの宗教で修行するのは その体の機能を理解し、節制・制御するために行われます。
武術の背景にも宗教ないし類似した教義、あるいは道義があるのは、そういった目的もあります。

ちなみに太極拳は道教です。



いつ来るか、いつ必要になるか わからない愛という実態の無いものを得るには
体の苦痛・欲望等をコントロールする必要があります。
お釈迦様ですら「色情」は消すものではなく「そこに置くもの」としているので、かなり強力です。

※色情は単に性欲だけに留まりません。良く見せよう、良く見られたい、そういった類も含みます。


ところが、肝心なところで楽をするために、機会を逸します。

「ああ、なんか続けていても効果ないし・・・」
「丹田なんかよくわからないものより、手先の型だけ教えてくれたらいい」

体の大勝利というわけです。





この、今現在と明日。そしてもっと先の未来。

「余生短い年寄だから」といって「逃げる」「言い訳」する人もいますが、
はたして「死」がゴールなのか?? 

何かにはたと気付くだけなら死ぬ一秒前でもできます。
しかしてどれほどの心を持っているか、ですね。


魂はジャッジだけなのだそうで、意見はしません。してくれません。
要するに良心や内在神のような存在で、特に働きかけることもありません。
ただ、感じることはできるそうです。



宗教的なお話になりますが、この魂というものは生まれ変わるタイミングと、
生まれる場所を選択するだけです。主審のようなものです。

魂は、時間が永遠であることを知っているので焦りません。 
いつかは必ず人は成仏(唯物的に云うなら成物www)するものだそうで。