トップ画像

トップ画像
中央式太極拳は南京中央国術館副館長【陳冸嶺老師】により編纂された南京中央国術館正宗太極拳
を起源とする、古式総合太極拳です。
気の武術の奥義は、これ即ち 健康長寿の奥義。
今日、太極拳の医学的健康効果は多くの医学論文で実証されてます。
先ずは気を感じる事から始め、自身の免疫力、自然治癒力を高めましょう。

2015年2月25日水曜日

太極拳は太極「拳」

太極拳は太極「拳」です。太極体操ではありません・・・。
太極拳は太極「拳」なので、どうしても武術性とは切り離せません。武術性があるからこそ、ヨガではないし、ダンスでもない。ましてラジオ体操でもないのです。


もっとも、武術としての実践性があるかどうかといえば、ヘナチョコな部類でしょう(笑)。それでもなお切り離すことは難しいです。武医同源ということもありますし、何事も表があれば裏がある、虚実・陰陽に基づく身体操作体系なので、どちらか一方だけというのは非常にバランスが悪い。




練習の一環として、型の用法の一例を指示し、遊びのようにお互いに技を掛け合う事をします。それは技の物理的な仕組みを理解し、体感することで「形」への理解が高まるからです。そして「力」の出し方を踏まえて、自分の姿勢であるとか、重心であるとか、呼吸であるとか、そういった事を意識することができるかどうか、確認の場でもあります。


技をかけるにあたり、教えてもらった理屈に従って自分の身体を駆使して実行します。ところが、そうそう上手くかからないんですよね。相手は素直にかかる気でいますがそれでも上手く行かない。本当のことを言いますと、形を「形通り」を実行するのは意外と難しいこともあります。が、それよりも何よりも自分の問題が立ちはだかっている場合がほとんどです。


器用であるとか、理解が早いとか、そういう能力的な事ではありません。心理的なことがほとんどです。相手は抵抗もしなければ動きもしないので、「云われた通りに」「身体を動かせば」良いのですが・・・・・・。「成功しなければ」という強迫観念や視野狭窄。「失敗したらどうしよう」という不安と迷い。そして他人と接近する、あるいは接触するために生じる「対人緊張」が立ちはだかります。




技の成否は二の次です。そういった自分自身に起きる反応を感じ、落ち着いて、素直に実行することを意識するのがすでに鍛錬の一助になっております。




 
こう書いてしまうとまるで「健康」に関係ないように思ってしまいますがそうでもありません。ストレスに対する対処。他人の接近による緊張の低減。そういった状況における呼吸への意識などなど、たくさんあります。得意な技(動き)、不得意な技なども分かりますし、自分を知る為の第一歩でありましょう。


そういう意味でも、受ける方も良い練習になります。先述した事柄だけでなく、力の通り方、崩され方、あるいはなぜ技が成立しないのか考察するなど、やれることはたくさんあります。




上記では「練習の一環として」と大仰に書いてしまいましたが、教室ではほとんどレクリエーションでやっております。感覚的には手品に近い(笑)。笑いや驚きがあってこそですね。綺麗に決まると、やっている方も手ごたえの無さに驚き、やられた方は思わず笑ってしまうような不思議な感覚になります。そしてそれらを踏まえた上で、一段階上の正規練習として「推手」をすることもあります。


※この「手ごたえ」というのが曲者でして・・・・。手ごたえには「やった感」がありますので、つい求めてしまうのです。




ただ、太極拳の基本をある程度おさえると、レクリエーションとはいえ初心者でもたまにまともに成功してしまうことがあるので、笑い楽しみながらでもお互いに真剣さと敬意は欠かすことはできません。




ちなみに、何気なくやった時がもっとも成功率が高いです。





2015年2月16日月曜日

急がば回れ

太極拳の難しいところは型を覚えることではありません。



単刀直入に書いてしまうと「同時進行的に複数の動作を行わねばならない」ことです。




はい、呼吸をしながら、目線は水平に、軸を感じて、丹田から動いて・・・はい、そこのあなた、呼吸が止まってますよ。
おっと、目線が落ちてます。下を見ないでください。




こんな感じです。
形意拳になるとタイミングがさらにシビアになってきますので、身体の各所をシンクロさせないといけません。もちろん、リキミすぎていてはダメです。

忙しいですね。




さすがにそこは各人のレベルに応じて要求を変えていきますし、会員さんも密かに「今日はこのテーマでいこう」と決めて実行していたりしてます。
ただ、呼吸だけは最低限のお約束になっております。

※動きに気を取られていると呼吸がとんでもなく浅くなったり、下手すれば息を詰めていることがよくあるので






このように、あれもこれもやることが多いので型を急いで覚えたりする必要もありません。
やらないといけないこともひとつずつ着実にやっていけばよいのです。






太極拳自体、非日常動作なのです。普段と同じような動作でもその内側、筋肉の動きや骨の角度などはまるっきり異なるのです。人間が生まれもった身体の本能的・感覚的な動きではなく、人為的な、それでいて物理や構造力学に基づいた、いわば第二の自然の動きなのです。
そして日常生活でしみついた「動き」を短期間で変えることは大変です。それだけ体が持っている癖、日常で馴染んでしまった動き方というのは強力なのです。それもまた生き物としての適応のなせる業なので否定してしまってはいけませんが。




慌てず急がず続けることが大事ですね。


2015年2月10日火曜日

太極拳=立つ、こと

 
 太極拳は「立つ」ことから始まります。


 何かしら太極拳を修練することを通じて獲得したい目的があるでしょう。
健康だったり美容であったりはたまた武術であったり・・・そういう目的が多々あるかと思いますが、それらに共通する基本が存在します。それは「立つ」ことです。


 既に当たり前のように立てているのに何故?とお思いでしょうが、まずその当たり前に立てていることを振り返ってもらうといいでしょう。「立つ」ために考えて立ちあがったことはないと思います。重心バランスや平衡、上下感覚を常に考えながら、どの筋肉をどう動かして・・・のように立ちあがったことはないでしょう。電車や信号待ちの時に重心位置や背骨、骨盤の傾き、関節各部への荷重を感じて意識的に修正することもないでしょう。また、二足歩行ロボットの開発の難しさを考えてもらうといいかと思います。


 「立つ」ということは無意識的になされています。いちいち考えてやっていたらとてもではありませんが日常生活は送れません。それは自動運転のようなものです。言うなれば、太極拳ではその自動運転をいったんオフにし手動運転に切り替えて、それから新しいソフトをインストールしていく行程を重視します。


 最低限の力で偏りなく「立つ」ことで無駄な力みがなくなり、気血の滞りが減少し、内臓が活性化し、腰痛、肩こりなどが軽減されます。未病の予防にも役立つでしょう。
 自分の重心位置を把握し、バランスよく「立つ」ことで、無駄な動作・挙動が減り、佇まいや振る舞いに洗練された美しさがでてきます。
 骨格構造や筋肉の筋(腱)を主体にして「立つ」ことで容易に倒れることもなくなり、また立つことを知ることで相手を崩しやすくなります。


 もうひとつ、我々が日常生活で意識しないことがあります。それは「重力」です。生まれてから死ぬまで重力を感じながら生活しているのです。余談ですが脊椎動物である哺乳類の陸上生活における最大の利点は重力下であっても比較的身体を巨大化できつつ、それなりに俊敏性も失われないということです。単純な運動性能だけであれば無脊椎動物である昆虫の足元にも及びませんが、外骨格の彼らには身体を大きくすることができないのです。


 重力と云うのは重さを造り出す原因となる現象です。物体はいやおうなく地面に引き付けられます。我々の身体も例外ではありません。端的に云いますと、太極拳ではこの重力に逆らうことなく、むしろ逆に調和し利用することを目指します。 


 重力と親和する身体で立つことができれば、新たな景色を見られると思います。